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処女懐胎―描かれた「奇跡」と「聖家族」 (中公新書 1879)

岡田 温司
おすすめ度:★★★★★
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「見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ」
おすすめ度 ★★★★★

 キリスト教における偶像崇拝の対象は何も、イエスや洗礼者ヨハネに限ったものではない。
 本書の主役となるのは、イエスの母マリア、父ヨセフ、果ては祖母アンナ。彼らもまた、
アイドルとして民衆の熱愛を受ける。

第1章「マリアの処女懐胎」
 処女にして聖母マリア、非科学的といえばこの上なく非科学的、なぜにそのような奇跡が
語られるに至ったのか。それぞれの時代は、受胎をめぐる父性と母性の関係をいかなるものと
解釈してきたのか。そもそも神の子イエスの受胎の様式はいかなるものであったのか。
 これらの問題にテキスト批判、図像解釈から迫る。
第2章「無原罪の御宿り」
 人は誰もが原罪を背負って、この世に生を享ける。アダムとイヴがエデンの園において
禁断の果実を口にした、とのあの原罪。子がその罪を逃れて産まれてきた以上、母もまた、
同様にその罪を免れている、と考えられる。しかしそれでは、原罪を担わぬ者がイエスの
他にも生じてしまい、衝突を来すこととなる。
 また、「無」原罪とは美術表現において興味深い素材であるとともに、非常に困難な素材。
なぜなら、無の記述とはまさしく悪魔の証明に等しき表現を自らに課するものなのだから。
第3章「『養父』ヨセフの数奇な運命」
 マリアは処女にして子を身ごもった。言い換えれば、神に妻マリアを寝取られた夫として
ヨセフは位置づけられねばならないこととなる。
 その一方で奇妙にも、『マタイ福音書』は、その冒頭において、アブラハムとダビデの血を
引くものとしてヨセフと、そしてイエスを語るところからはじまる。
 父ヨセフはいかにして復権を果たすのか。夫と妻と子、そんな「聖家族」の肖像を辿る。
第4章「マリアの母アンナ」
 もしも母マリアの無原罪を問わねばならぬのだとすれば、同様にその母の無原罪も問われて
然るべきところ。ところがこの母の母アンナは、野生の娘などという説の一方で、なんと
三度もの婚姻を果たした複雑な人間関係の持ち主。
 しかし、中世においては、処女性はもはや聖女の必須条件として求められるものではなく
なり、その神話解体の象徴としてアンナへの信仰が志向されるに至る。そして事実、彼女は
フィレンツェにおいて歴史の重要な役割を担うこととなる。
 アンナを中心とした「聖親族」はどのように描かれてきたのか。

 写真に多少残念なところがあるにせよ、本書が持つ濃度たるや、全く以って恐ろしいの
一語に尽きる。もはや新書としてはあまりに洗練と贅沢を極めた一冊。文化史としても、
美術史としても、キリスト教史としても、必読の書とここに断言しよう。



「神がいる」時代の人と芸術と
おすすめ度 ★★★★★

「処女懐胎」「無原罪のお宿り」「聖家族」といったモチーフの表現に、かつての画家達はいかに取り組んだか、がテーマになっています。
このヨーロッパの画家達を苛んできた苦労は、そのまま男性原理の強い一神教であるキリスト教の苦悩であり、また、そんなキリスト教が隅々にまで充溢していたかのように見えるヨーロッパの歴史の混沌とした暗部でもある、そのことがよくわかる本であります。
新書という形態に要求されるキャパシティーをいっぱいいっぱい使って、この説きがたいテーマをよく解き得たなかなかの労作ではないかと思います。



美術ファン必読です。でも、書名がイマイチ。
おすすめ度 ★★★★☆

著者の前作「マグダラのマリア」(ISBN-13:978-4121017819)が良かったので読んでみました。読みやすい文章と多くの図版で楽しく読めました。

内容は受胎告知、無原罪の御宿り、ヨセフ、アンナの4章で構成されています。美術書として読んだので、最初30ページ程度が聖書、外典などの文献の引用して書いてあるので読むのに時間がかかりましたが、その後は一気に読めました。第1章の受胎告知は今までフラ・アンジェリコのイメージが強く、あとは画家が違うだけの印象しかなかったのですが、天からの光の向きなど微妙な違いが興味深かったです。第2章の無原罪の御宿りは、ムリーリョのイメージが今まで強かったのですが、時代により表現が少しずつ変化し、これほど多様なタイプの絵があるとは知りませんでした。第3、4章のヨセフとアンナは時代の経過で浮き沈みがあるのが興味深かったです。特にヨセフの変わりに旧約のアブラハム、アンナに関連して聖親族の図像が出てくるところなどは勉強になりました。図版は大半がイタリア、後半にドイツの絵画が掲載されています。なかにはレアな図版もあります。第4章を読んでフランクフルトに行きたくなりました。

本来は星5としたいのですが、星4としたのは巻頭のカラー図版で解像度の悪い絵画が数点あるためです。あと、書名は他に考えられなかったのでしようか?「処女懐胎」だと書店で手に取らない人もいると思います。



聖書に書かれていないイエスの家族の物語
おすすめ度 ★★★★☆

イエス・キリストの母親の両親の名前がヨセフとマリアだということは、クリスチャンでなくてもほとんどの人が知っている。我々が手にする聖書にも書いてある。では、マリアの両親がアンナとヨアキムで、アンナにはヨアキムの他に再婚した亭主が二人いて、それぞれとの間に娘がいて(つまり、マリアの異父妹)、その妹たちに子供達があって(つまり、イエスの従兄弟達)、この大家族が集合した場面を「聖親族」として描いた絵画が多数残されている、ということは多くの日本人は知らない。我々が手にする聖書にも一言も触れられていない。

まして、イエスの祖母であるアンナがマリアに機織りを教えていたとか、聖書の読み方を教えたとか、多くのヨーロッパ中世の絵画のモチーフは、聖書に基づかずキリスト教の周辺伝説に基づいている。これらの伝説の多くは、イエスの死後百年から数百年の間に民間伝承と混淆しながら形成されたものだという。

本書を一通り読み終わると、頭に輪っかを乗せた女性が二人と赤子が描かれていたらアンナとマリアとイエスで、手を広げた女性が蛇を踏んでいたら「無原罪の御宿り」という図象であるということや、女性の耳に鳩が飛び込みそうになっていたら聖霊によって妊娠する瞬間のマリアだということが理解される。

これらは、いわば中世ヨーロッパの宗教画を理解するためのお約束ごとのようなもので、こうして一通りの解説を受けると、改めてルーブルやメトロポリタンに行ってみたくなる。

なお、さらに詳しくイエス伝説を知るためには、荒井献編 新約聖書外典が参考になる。



絵画表現変遷の話が良い
おすすめ度 ★★★★☆

 聖母マリアとその家族に関する、教義や捉え方の変遷を、主に絵画の意匠の変化から読み取る。マリアが無原罪であるという表現は、どう工夫されたのか、マリアの父ヨセフの取り扱いは、時代によりどう変わるかなど。
 宗教絵画が教義を表すために、どんな要請を受けて、どんな表現になるかなどは、美術的観点から宗教絵画を見るうえでも心得ておくほうが良い。
 キリスト教・絵画、両者への興味が無いと読み通すのは辛いだろう。


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