闇の中でおすすめ度
★★★★★
映画というのは、何かしら『伝えたい事』があって成立するものだと私は思う。
例えばこの映画、あらすじだけを見てみると、
子供を愛する母の愛とか、
障害を乗り越えて生きる女の強さとか、
歌う幸せ、踊る喜び、
そういったものが根底に流れているのだと、そう思わせる。少なくとも私はそう思った。
けれど、
そういった『あらすじ』がひとたび映像化されると、
何がなんだかわけの分からないものに早代わりしてしまう作品がたまーに存在する。
私にとってはこの映画がそれ。
単に『芸術的な映画』と言ってしまえばそれまでだが、
そんな一言では片付けられないような静かな力を感じる。
小説や舞台ではありえない、映画だからこそ生み出す事のできる力。
色とか空気のようなものにも似ていると思う。
この映画の魅力はそこにあると思う。
否応なしに五つ星をつけてしまう人は私以外にも大勢いらっしゃるのではないだろうか。
見ろ、「新しい世界」を
おすすめ度 ★★★★★
この作品のエンディングは、僕の中の「映画」を変えた。四面楚歌の絶望に追い込まれて全てを失うひとりの女性の最後を記録した本作のエンディング。ビョーク演じるセルマは、お金や視力だけでなく、命までも失った。果たして、この映画はそれで本当に「終わった」のだろうか。この映画を観た友だちはみんな口を合わせたみたいに「暗い」としか言ってくれなくて困るのだけど、その観方ではまだまだ中途半端だ。この作品は、セルマが死を迎え、ビョークが歌うエンディング曲の“ニュー・ワールド”が流れ始めて、そこから「始まる」のだ。あらゆる悲しみと絶望を経験し、それでもセルマが生き生きと歌っていたのは、全てを感じ終えた後にこそ始まる何かを信じる喜びを、彼女は決して忘れなかったからだ。もっと、エンディング直前にスクリーンの真ん中に浮かび上がってくる言葉の意味や、“ニュー・ワールド”の歌詞に注目して欲しい。ありったけの絶望の向こう側にあるはずの、わずかに残された何かに思いを馳せる希望。本作のエンディングは、極めて高度な表現力でその希望の中身を伝えているのだ。
概要
ビョーク扮するセルマは、チェコからの移民。プレス工場で働き、唯一の楽しみはミュージカルという空想の世界を創りあげること。遺伝性疾患のため衰えていく視力と闘いながら、同じ病に侵された息子の手術費用を稼ぐため身を粉にして働く毎日。そのセルマにあまりに残酷な運命が待ち受けていた…。
「非の打ちどころのないすばらしい音楽の美と、不完全で醜悪な現実が並列して描かれている。同時に演奏する2つのオーケストラのように」と同名の書で評されているように、これほど観る人のあらゆる感情を暴力的なまでに呼び覚ますミュージカルはほかにない。ラース・フォン・トリアー監督が「ビョークはセルマであり、セルマはビョークだった」と述べたように、ビョークはセルマを演じるというよりも、セルマに心を宿したビョーク自身がメッセージを投げかけているようにみえる。
洗練されすぎたカメラワークを嫌う監督が、100台のカメラを駆使して撮りあげたトリアーワールドは絶対に見逃せない。本作は2000年カンヌ映画祭でパルムドールに輝いた。(野澤敦子)