ゲイという枠を越えた普遍的な愛の形と一人の若者の蘇生の物語おすすめ度
★★★★★
ワン・カーウァイの作品は、見る人により好き嫌いがはっきり分かれるようで、「独りよがり」「ストーリーが支離滅裂」など嫌われる方もいらっしゃいますが、誰がどう言おうとも、この監督の才能を否定できないと思います。私の場合、この監督の作品を見てから、映画や俳優の演技の見方、カメラワークの見方まで、まったく変わってしまいました。それほど、強烈な衝撃でした。
WKWの映画にこれほどまでに引かれるのは、音楽や視覚表現が斬新で素晴らしいことももちろんありますが、いろいろな解釈が出来て、それぞれの思いや感動を持ち帰ることが出来ることだと思います。決して好きになれなくても、およそクリエイティブ関係の仕事をしている方、志望されている方は、必ず見るべきだと思います。
前置きが長くなりましたが、「ブエノスアイレス」、この頃のWKWが一番力があったような気がするのは私だけでしょうか?WKWはこの映画の為に40万フィートのフィルムを回し、7つのバージョンが用意されたと言われています。商業映画では考えられないことです。
この映画、レスリー・チャンとトニー・レオンがカップルを演じたことで、「ゲイ」の関係が前面に出ていますが、設定上2人の男優が恋人同士を演じているだけで、監督は「ゲイ」という枠を越えた普遍的な愛の形と一人の青年の蘇生を描こうとしたのではないかという気がしました。それも、1997年本土返還で大揺れに荒れ、多くの人が移民として逃げ出していた香港とは、地球の反対側のブエノスアイレスで。
60年代の香港にこだわりをもつWKWの映画の中で、97年の設定、乾いたアルゼンチンの風土、男同士の愛と葛藤、友情、帰郷、さまざまのテーマを見事に描いた出色の作品です。特に最後がいいです。さわやかで、せつなく、胸が熱くなります。
何とも言えない味わい
おすすめ度 ★★★★★
トニー・レオンとレスリー・チャンが祖国台湾のちょうど裏側にあたる南米ブエノスアイレスで紡ぐ愛と喪失の物語。
冒頭、いきなりの二人の堂々たるベットシーンにのけぞりそうになるので、同性愛に抵抗のある方は要注意。レスリーが自由奔放で恋人を振り回す小悪魔的なキャラで、トニーはそんな我儘な彼を、限りない包容力で包み込みながらも、同時にいつ自分の元から飛び去っていくかわからないレスリーに対して、絶えず嫉妬心や独占欲にさいなまれている。傷つけあい、別れても、最後の拠り所であるかのように自分の元に帰ってくるレスリーを、トニーは振り捨てることができない。
可哀想な役が本当に似合うトニーの、切なさと苦悩に満ちた表情がいい。レスリーの危なっかしく退廃的な魅力は、母性本能をくすぐる。
ピアソラの情熱的で哀愁に満ちた曲に合わせて二人がしなやかにタンゴを踊るシーンが心に焼き付いている。
ラスト、去っていったトニーを思って彼の部屋でむせび泣くレスリーの姿が切ない。その数年後に、自ら命を断った俳優レスリー・チャンの哀しみとだぶってしまう。
今でもあの混沌としたけだるい南米の街で、彼がさまよいながら恋人を待っている、そんな気がしてならない。 愛してやまない映画である。
概要
アルゼンチン。旅の途中で知り合ったウィン(レスリー・チャン)とファイ(トニー・レオン)。幾度となく喧嘩と別れを繰り返してきたこのゲイ・カップルは、やり直すためにイグアスの滝をめざすが、またもささいなことから喧嘩別れとなる。そしてしばらく後、ブエノスアイレスのタンゴ・バーで働くファイのもとに傷ついたウィンが転がり込んできた…。
それまで香港で活動を続けて来たウォン・カーウァイ監督が、かねがね興味を寄せていたという香港とは地球の裏側にあるブエノスアイレスを舞台に、男たちの愛の痛みを描いていく。名コンビのクリストファー・ドイル撮影監督による手持ちキャメラや素早いカッティングなど、従来のカーウァイ作品ならではのテイストと、別世界で新たな道を模索しようとする創作者のもがきが混在した、不可思議な魅力を持つ作品となっている。カンヌ国際映画祭最優秀監督賞受賞。(的田也寸志)