「忠直卿行状記」が読みたくて再び購入のうえ再読した。かつては指導者の孤独感に共鳴したものだが、いま読み返すとまた違った読後感をもつにいたる。すなわちそれは日本人の古くからあったんであろう病理的欠陥を見た次第である。これは読み手によってさまざまであろうから断言はできないが、明らかにいえることは、こうした古典的名著には何度読んでもそのときどきに感じ方を味わえるということであろうか。行き詰まっては読んでみて、あらたな発想をもうけるという繰り返しによって、すこしは人も成長するのであろうか。なにしろ読まないことには始まらない。新たな視点などだれも教えてはくれないのである。なにが新しいのかは自分しか知らないのだから。
短編だが起伏に富み表情豊かな作品たちおすすめ度
★★★★☆
古典といっても過言ではない作品たちだが、同時代の他の作家と比べると読みやすい文体だと感じた。
表題にある「恩讐の彼方」には、耶馬渓の羅漢寺界隈に仕事で行った際にその舞台である旨を聞いたが本作品を読むには至らなかった。短いが、起伏に富んだ表情豊かな話であり、非常に引き込まれた。
私がこの中で一番に挙げたい作品は、平清盛によって島流しにされた「俊覚」。これが非常に印象に残った。次点としては表題にもある「忠直卿行状記」。時に支配者の孤独が鋭く切り出されている。
他の作品では、上方歌舞伎の芸の悩みから新しい作風と色恋について描かれた「藤十郎の恋」。杉田玄白が主人公の「蘭学事始」。国定忠治とその舎弟たちの「札入れ」。
どの作品も短いが、深みのある話であり、作者の力量に感嘆するばかりである。
嫉妬に狂って・・。
おすすめ度 ★★★★★
子供みたいにぼろぼろ泣くことができた本として、私の記憶には残っています。
しかし、今読み返してみると・・。
毎日の生活に、社会に揉まれ、八方塞がりで・・・
どこにいっていいいか分からなくて、とうとう醜い嫉妬に狂っている私って・・。
まさに今の私の状態と『恩讐の彼方には』は同じ状況だ。
高校生の頃は、ぼろぼろ泣いた当時、まさかこの作品と同じような状況に置かれるとは・・・。
やはり名作とは、普遍的な共感を得るからこそ名作なのですね。
「まだ間に合う」という想い(願い)を込めて、『恩讐の彼方に』を再読しました。
そういう意味で、どんな、自己啓発本より、私に渇を入れてくれた本です。